柔の道
道着でガス欠になる理由、その大半はグリップにある
道着の初心者が語る話はどれも同じだ。自分が主導権を握っていたラウンドなのに、 終わる頃には息が上がりきっていて、まるでマットに立った初日のようだったという。 道着はレスリングより早く人を消耗させる。そのレスリングでさえ人を消耗させるのに、だ。 真っ先に疑われるのは熱だ。道着は暑く、誰もが汗でびしょ濡れになってマットを 降りるからだ。しかし熱にはアリバイがある。
最初の絞めは、自分の手が自分にかけるもの
レスリングでは、握るための布など一度も与えられなかった。道着では襟や袖を ひとつかみして握り込む。強いグリップを一定時間保ち続けることは、自分の血流を 遮断するアイソメトリックな締め付けだ。前腕は張り、必要なものが届かなくなり、 動かなくなる。ささやかな形ではあるが、それが道着で最初に覚えた絞めであり、 しかもかけたのは自分自身だ。柔道の試合を対象にした研究では、厳しい一日の 三試合目までに握力が測定可能なほど低下し、選手たちは前腕と指を最初に疲労する 部位として挙げている。手が利かなくなり始めると、それを補おうとして体の他の 部分すべてに力が入り、力が入った瞬間に呼吸が止まる。それがガス欠であり、 始まりは手にある。
熱は怪しく見えて、ほぼ無実だ
汗のせいで、熱が原因のように感じられる。しかし実際に計測した研究では、 道着ありのスパーリングと道着なしのスパーリングとで、深部体温、発汗量、 心拍数のいずれにも意味のある差はなかった。熱は確かに不快だし、汗を吸った 道着は確かに重い。だがどちらも、自分を空っぽにしている当のものではない。 熱を責めるのは、肌で感じ取れるからだ。グリップはもっと静かで、そのグリップが 仕事をしている。
レスリングが与えてくれたものと、与えてくれなかったひとつのもの
レスリングのマットで過ごした6年間は、ベースと、不快さに耐える高い許容力を 築いてくれた。そのどちらもそのまま持ち越せる。築かれなかったのは、布を握り 続ける持久力だ。握るべき布がそもそもなかったからだ。その部分は正真正銘、 新しいものだ。心強いのは、それが特異的なもので、トレーニングに反応するという 点だ。グラップラーは、未経験者にはない握力の持久力 を身につける。つまり修復の手段は、ジムでの新しいプログラムではなく、主に 道着でのラウンドだ。2ラウンド目で音を上げた手は、11ラウンド目には持ちこたえる ようになる、同じ手なのだ。
握り締める代わりに試していること
グリップが何かの役に立っているときだけ握り、そうでないときは手を開く。締める 必要が生じるその瞬間まで、力を抜いたままでいる。プロフェッサーからは、鼻で 呼吸すること、自分が主導権を握っているときに休むことを言われている。 数ラウンドもすると、この二つの指示は一つの指示に聞こえてくる。ポジションが 求めている以上に働くな、ということだ。呼吸はそれ自体がひとつの技術 であり、まだ学んでいる最中だ。そしてそのすべての上に乗ってくるパニック、体が この部屋を緊急事態だと判断してしまう部分にも、それ自体の説明 がある。この記事は手についてだけ書いている。自分のガス欠は、手から始まるからだ。
レスラーが道着でガス欠になるのは、軟弱になったからではない。これほど強く握り 続けることを、その手に求めた者がこれまで誰もいなかったからだ。そして今は、 ラウンドのたびに、何かがそれを求めてくる。
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