柔の道

なぜ初心者は膝立ちからロールを始めるのか

墨の挿絵 — なぜ初心者は膝立ちからロールを始めるのか

両膝をマットにつき、同じく膝立ちの他人と向かい合う。現実の 対峙のどこにも存在しない姿勢で、初日の僕の最初の感想もまさに それだった。なぜ格闘技がスパーリングをボードゲームの姿勢から 始めるのか。訪れたどの道場もこれの何らかの版をやっていて、 理由は調べてみればまっとうで、訊いたら誰も隠さなかった正直な コストが一つ付いてくる。

理由その一:混んだマットは幾何の問題だ

立った二人の攻防には、広い円形の空きマットが要る。誰もまっすぐ 真下には倒れず、体は移動するからだ。寝技なら八組が快適に収まる マットも、立たせれば安全には三組がせいぜいだろう。膝立ち スタートは空間の算数だ。隣のペアの上に誰かが落ちることなく、 クラス全員が一度にスパーできる。そして隣のペアこそ、どの道場 でも巻き添えの怪我のいちばんありふれた経路だ。

理由その二:転倒こそいちばん危険な瞬間だ

誰も宣伝しない不都合な順位がある。たいていの部屋では、 サブミッションよりも、テイクダウンと悪い着地から来る怪我の ほうが多い。タップは、ゆっくり届く関節技からは守ってくれる。 倒れることを互いに拒み、着地の仕方も知らないまま全力で突っ張り 合う初心者二人を守ってくれるものは、何もない。安全に倒れるのは 本物の技術で、意図して教わるもので、それが身につくまで、膝立ち は高度を取り除いてくれる。柔術の寝技はほぼ初日から全力の抵抗 つきで学べる。立ち技はそうはいかず、膝スタートは、この競技が それを静かに認めている姿だ。

正直なコスト

立ち技を飛ばすということは、自分の練習している術に最初の章が 欠けているということで、上の帯はそれを口に出して言う。試合も 喧嘩も立った状態から始まる。一度もテイクダウンされたことのない ガードプレイヤーは、物語の後半だけをリハーサルしている。道場 ごとの答え方は違う。テイクダウン専門のクラスを設けるところ、 ノーギの夜にレスリングを織り込むところ、立ちラウンドを上の帯と 広いマットのために取っておくところ。自分の道場がどうしているか 訊くといい。「いずれ」には、いつか日付が付くべきだからだ。

白帯の僕がしていること。膝スタートを立ち技の代用ではなく、 後日券として扱う。そして準備運動にある倒れ方のレッスン、受け身 と前回りを、その後に教わるどの技とも同じ真剣さで受けた。倒れ方 を学ぶことは、膝スタートでも毎回練習させてもらえる、唯一の 立ち技だ。

それでもこの姿勢が教えてくれるもの

奇妙なボードゲームの姿勢には、それ自身のカリキュラムがある。 膝立ちでは、どちらにも自慢できるほどのベースがない。ベースの 記事の言い方を借りれば、最初のグリップからすべてがバランスの 勝負になるということだ。膝のラウンドは遅く、近く、グリップが 濃い。そしてガードパスとガードプレイの問いへとあなたを流し込む。 初期の柔術の本当の心臓部である、あの問いへ。

つまり膝立ちスタートは、幾何と物理との妥協だ。正直に結ばれ、 承知の上で代金を払っている。喧嘩はこう始まらない。キャリアは こう始まる。この二つの文の違いが、初心者がこれについて知る べきことのほとんどだ。

これは初心者の日誌であり、指導ではありません。ここにある内容はトレーニング・健康・医療のアドバイスではありません。資格のあるコーチに学び、早めにタップしてください。 免責事項