柔の道
ベース:スイープされる直前に失うもの
ベースとは「倒れないこと」を指す柔術の言葉で、この競技の単純な 定義の例にもれず、裏側にカリキュラムが丸ごと隠れている。押しや 引きが体を傾けるのではなく、体を通って床へ抜けていくとき、 ベースがある。気づき方は電気と同じだ。動いている間は気づかない。 停電の闇の中、宙に浮いて、何が起きたのかと考えているときだけ。
僕がこの言葉を覚えたのはお決まりの方法で、自分のことを叫ばれた からだ。「あいつ、ベースがない」。そのとき僕は誰かのオープン ガードの中で膝立ちになり、なかなか安定していると感じていた。 二秒後には天井を観察していて、そこまでの道中の記憶はなかった。 安定とは、まだ誰にも試されていないという感覚のことだったらしい。
ベースが実際に住んでいる場所
ベースとは構えのことで、写真に撮れるものだと思っていた。膝を 広く、腰を低く、以上。ところが黒帯は、無造作で、ほとんど怠惰に 見える姿勢から、ちょうどゼロ回スイープされ、初心者は教科書 どおりのスクワットからひっくり返されていた。
違いはつながりだ。ベースは、体重がどう地面に届くかに住んでいる。 何点を通って、どの角度で、そして腰が動いて、いま抜けたばかりの 場所へ体重を戻せるかどうか。写真版は死んだベースで、誰も想定 しなかった角度を待つだけの彫像だ。本物のベースは床との小さな 絶え間ない会話で、調整したと気づく前に調整している。
これで、何週間も僕を混乱させていたことの説明がつく。同じ姿勢が、 ある一秒は強いベースで、次の一秒は空気になる。このサイトが何度も 戻ってくる崩し、あのバランスの破壊は、体への攻撃ではない。会話 への攻撃なのだ。
テストはいつも人間だ
しっかりしている感覚では、自分のベースは確かめられない。しっかり こそ、死んだベースがそうでなくなる瞬間まで感じさせてくれるもの だからだ。唯一の正直なテストは、自分が選ばなかった角度から押し、 引き、持ち上げてくる相手だ。
それを知ると授業の意味がよくわかる。ガードの中で上の帯がやって くる、何でもなさそうな小さな引きや揺さぶりの半分は、調査だ。 彼らはあなたのベースに各方向から質問をして、間違った答えが 返ってきた方向へスイープする。いまの僕はスイープされたら、答えを 呪うかわりに質問を再生しようとしている。押しはどこから来たか。 届いたとき体重はどこにあったか。腰はどちらへ動き損ねたか。
追いかけはじめて変わったこと
いちばん効いたのは二つの調整だった。第一に、より少ない接点に より多くの仕事をさせること。足と膝の上に礼儀正しく浮かんでいる のではなく、実際にそこへ押しつける体重だ。あるコーチは「床に 運ばせろ」と言い、神秘的に聞こえたが、意味はただこうだった。 骨が無料で地面に届いているのに、背中の筋肉で自分を支えるのを やめろ。
第二に、頭。頭がさまよった先へ、ベースも一緒に出ていった。誰かの ガードの中で頭が手より前に出たら、もうスイープされていて、ただ 通知が届いていないだけだ。頭を腰の真上に積んでおくことは、脚で 何をするよりも多くの「バランスの問題」を直した。
初心者版の教訓
ベースは、一度保てるようになる前に何百回も失うことになる。 そしてそれはプログラムが機能している証拠だ。スイープは一回ごと に、自分には見えなかった穴についての無料レポートになる。つまり、 崩しの姉妹編の教訓だ。相手のゲームのすべては、あなたのバランスを 奪うこと。あなたのゲームは、今のところ、それをどこに置き忘れた かに気づくことだ。
これは初心者の日誌であり、指導ではありません。ここにある内容はトレーニング・健康・医療のアドバイスではありません。資格のあるコーチに学び、早めにタップしてください。 免責事項